ゼロがマルになる

とてもいいブログ(にします)

父の死が僕に与えたものはトラウマだけじゃなかった。

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ゼロガ丸と申します。

 

東京で一人暮らしをしている28歳の男です。

 

僕は新卒でいわゆるベンチャー企業に就職しました。

ですが想像以上に滅茶苦茶な環境で、これ以上続けたら壊れると思い、半年で退職。

 

1年ほど資格勉強をした後、再就職するも長くは続かず、気づけば短期間での転職を繰り返してました。

 

このままではダメだなと思い、2年前に会社を辞めたタイミングで実家出て一人暮らしを始めました。

 

今、僕は派遣やアルバイトなどの非正規雇用で生計を立てながら、休みの日などを使ってこのブログを書いています

 

現状に特に不満はありません。

 

今の働き方は僕に合っているなと感じています。

根が真面目な僕は正社員だと頑張りすぎてしまうので、非正規雇用の方が気楽にのびのびと働けます。

 

そして、僕はブログを書くことがとても好きです。

自分の思っていることが共感してもらえるとうれしいですし、自分の過去の経験や失敗が人の役に立てるのが何よりも嬉しいです。

 

また、ブログは奥が深くて非常に学びが多いです。

ブログに本気で取り組んで得た知識やスキルは今後の人生で絶対に役立つと確信してます。

 

自分に合った働き方をしながら、「好きなこと」であり「やりたいこと」であるブログができている今がとても充実しています。

 

僕は「辛かったら逃げる」し、「自分の好きなこと」や「やりたこと」に時間もお金も使いたいです。

 

それが僕の価値観であり、信念です。

 

また、僕は他人を否定するような言動が大嫌いです。

 

基本的に成功者は人格も優れていることが多いと思ってますが、

一部の人は「弱者は努力が足りないから本人が悪い」と言い捨てます。

 

僕はそんな発言をする人がどうしても許せません。

 

どんなに社会的地位があろうが、お金を持っていようが人として最低だと思います。

 

「他人を否定する人が心底嫌い」

 

これも僕にって大事な価値観です。

 

「辛かったら逃げてもいい」「好きなことをやる」「他人を否定する人が嫌い」

 

この三つを僕は大事にして生きています。

 

なので、ブログやTwitterでその時々に思ったこと・感じたことを言ってますが、

基本的にこの3つのどれかが元になってます。

 

僕の基本的な価値観であり、ブログの柱でもあるこれら三つの考え方。

 

その背景には共通した一つの大きな出来事があります。

 

それは父の死です。

 

父の死は幼かった僕に大きなトラウマを与えました。

 

ですが、そのトラウマを克服することで、僕にとって大事なものがわかりました。

 

好きなことをやって、辛いときは逃げて、他人を否定しない。

 

僕はそうやって生きていく

 

父の死が僕に与えたものはトラウマだけじゃなかった。

 

父の死が僕に与えたトラウマ

 

父は僕が6歳の時に亡くなりました。

 

まだ40代前半でした。

 

あまりにも早い終わりです。

 

父の思いではあまりないですが、非常にやさしかったのは覚えています。

一緒に缶コーヒーを飲んだり、戦隊モノを観た記憶があります。

 

そんな父は晩年、心の病を患っていました。

躁うつ病です。

 

父は個人事業主だったのですが、そうとう経営が苦しかっそうです。

 

一度だけ母に連れられ、病院についていったことがありました。

その時、母が話していたのが父の主治医だったのでしょう。

 

 

亡くなる直前、一度だけ父が荒れたことがありました。

 

DVはなかったですが、普段やさしい父が母を怒鳴り散らしているのが、小さな僕は非常に怖かった。

 

この経験は僕にとってトラウマになりました。

大人が怒ると、恐怖で委縮してしまい、頭が真っ白になります。

 

今はもうトラウマも乗り越えたので平気ですが、新卒の会社員の時などはとてもつらかったです。

 

父が荒れたのはこれが最初で最後でした。

ほどなくして父は亡くなりました。

 

僕は父の葬式でホッとしている自分に気づきました。

 

もう怖い思いをしないですむ。

 

6歳の僕はそう思いました。

 

父の死因と二つ目のトラウマ

 

中学生の時、母に父の死因を聞かされて衝撃を受けました。

 

父の死因は自殺でした。

 

その時生じた感情は二つです。

 

一つは、幼い兄と自分、そして母を残して自らの命を絶った父への怒り。

二つ目は、そんな父の血を引いていることへの漠然とした不安。

 

父は僕ら家族を見捨てたのか?

 

なんで父は僕らを見捨てたのか?

 

いくら考えても本当のことはわかりません。

 

そして、精神を病み、自ら命を絶った父。

その息子が僕。

 

その事実が何よりも僕を不安にさせた。

 

僕はひとより心が弱いんじゃないか?

社会でやっていけないんじゃないか?

 

そうした不安が、父の死が僕に与えた二つ目トラウマです。

 

母は女で一つで僕と兄を育ててくれました。

そんな母に僕はとても感謝しています。

 

けれど、父の死因が自殺だったって教えるには中学生はまだ早いと思うなぁ、、、

 

まあ、いつ言うかは難しい問題だとは思うし、一番つらい思いしたのは母だってことは間違いないんだけど。

 

第一発見者は母だろうから。

どれだけつらかったかなんて僕にはわからない。

 

トラウマが僕に与えた影響

 

「大人が怒るのが怖い」「人よりも心が弱いという不安」

これらのトラウマは僕を苦しめた。

 

超ストレス社会の日本でやっていけるわけがないと思った。

 

日本の企業には怒ることで部下をコントロールしようとする上司が一定数存在します。

僕は今まで正社員としては3つの会社で働きましたが、どの会社にも必ず一人はいました。

 

しかも、運悪く僕はすべての会社でそういう上司が身近にいた。

 

本当につらかったです。

 

父のトラウマがある僕からすると相性が最悪です。

 

また、自分は他人よりもメンタルが弱いと思っていたので、

これ以上はヤバいなと感じたら僕はさっさと見切りをつけて辞めていました。

 

3つ目の会社を辞めた時、僕は26歳になっていました。

26歳で3社経験し、どれも1年以内に辞めている。

 

いよいよヤバいなと思いました。

 

26歳でフリーターになり一人暮らしを始める

 

さすがに変わらなきゃまずいと思い、26歳で会社を辞めた時に実家出ました。

まずは自立するところから始めようと思いました。

 

また、すぐに就職してもまた同じことの繰り返しになると思ったので、就職活動はせず、アルバイトで生活することにしました。

 26歳でフリーターになっちゃいました。

 

一人暮らしをすることで、自分一人でも生き抜くんだという覚悟が決まりました。

 

何があっても生き抜く

 

そうした覚悟ができたことで「恐怖」や「漠然とした不安」がなくなりました。

 

相手が怒っていようが関係ない

 

今ではそう思っているので、他人に怒られても委縮したりしません。

ムカつきはしますけどね。

 

今ではこんな感じです。

 

また、一人で生きていけるという自信が得られ、それが心の安定につながりました。

 

僕はこのブログで一人暮らしに関する記事を多く書いてますが、

一人暮らしを始めたことで生きる覚悟が決まり、生きる自信を得たという実体験があるからです。

>>一人暮らしの決定版|初めての一人暮らしもこれさえ読めば完全攻略!

 

多少荒療治ではありますが、実家暮らしの方で漠然とした不安を抱えているというひとは思い切って一人暮らしを始めてみてはいかがでしょうか?

 

とまあこんな感じで、一人暮らしを通じて「生きる覚悟」と「生きる自信」を得たことで、

「他人の怒りに対する過度な恐怖」「自分は打たれ弱いんじゃないかという漠然とした不安」を克服したわけです。

 

父の死が僕に与えたトラウマは消え去りました。

 

父の死に向き合って

 

6歳の時に父を亡くし、中学生の時に本当の死因を知ってから、

僕は時間をかけながら父の死と向き合ってきました。

 

正直、あまりにも巨大な相手に、十代の頃はまともに目も合わせられませんでした。

社会人になってからも忙しさや日々のストレスで、真剣に考える時間もなかった。

 

まともに向き合えるようになったのは最近のことです。

 

父はなぜ自ら命を絶ったのか。

父は僕ら家族を見捨てたのか。

 

本当のことはわかりません。

 

けど、僕は信じてます。

父は僕らを見捨てたわけじゃないと。

 

僕らにこれ以上迷惑をかけたくなかったんだと思います。

 

父は一度だけ荒れてたことがあり、僕ら兄弟の前で母を怒鳴り散らしました。

そして間もなく自ら命を絶った。

 

これ以上一緒にはいれない。

 

これ以上一緒にいたら僕らを傷つけかねない。

 

優しい父はそれが耐えられなかったのだと思います。

 

父も兄と僕の成長を見届けたかったはず。

 

いつも優しい父が豹変し母を怒鳴り散らしている様は本当に恐ろしく、父の葬式で僕は内心ホッとしました。

 

 父はそんな僕を見てホッとしていたのかもしれません。

 

そして信念へ

 

精神を病み自ら命を絶った僕の父は心が弱かったのでしょうか?

父は家族すら守れない弱者なのでしょうか?

 

違います。

 

決してそんなことはないです。

 

普通の優しい父です。

 

経営がうまくいっておらず、家族を養えないかもしれない。

そんな状況に陥ったら誰だってそうなるはずです。

 

だから

 

僕は他人を否定する人が大嫌いです。

 

一部の成功者は弱者は努力が足りないと切り捨てます。

 

ふざけるな!

 

お前になにがわかる!

 

わかったようなこと言って人の心を土足で踏みつけるな!

 

どういう意図があろうと関係ありません。

僕は平気で他人を否定し傷つける人が大嫌いです。

 

父を否定された気になるのでどうしても許さないです。

これはどうしようもないです。

 

また、「好きなことをやる」ということへのこだわりも、父の死が影響しているように思います。

 

父は自分がやりたいことをやれていたのでしょうか?

 

本当にやりたいことをやれていたのなら、父はもう少し踏みとどまれたかもしれない。

 

父はタバコを吸い、パチンコをしていました。

けれどもこれらは父がやりたかったことではないはず。

 

やりたいことではなく、やらずにはいられないことだったのだと思う。

だから僕はどちらもやらない。

 

僕は僕が本当にやりたいことをやる。

 

そして、なによにも、

 

つらかったら逃げたっていいんです。

 

じゃなきゃ人は簡単に壊れます。

 

ひとは決して強くない。

 

つらいのに逃げちゃいけない社会。

 

そんなのは異常です。

 

つらい時に逃げ出せる。

 

回復したら戻ってくる。

 

そんな日本なら父とお酒を飲めたかもしれない。

 

僕は今の日本は実は逃げ出せる社会なんじゃないかと思っています。

 

逃げちゃいけないって思わされているだけ。

 

なので、僕はつらい時はさっさと逃げます。

 

逃げちゃいけない時。

 

そういう時あると思います。

 

けど、実は逃げても大丈夫ってことの方がはるかに多いと思っています。

 

そしてつらい時に逃げられる社会の方が健全で住みやすいと思うんです。

 

これからどうなるかなんてわかんないですけど、

 

僕は生きますよ。

 

楽しく自由に気高く。

 

それが父ちゃんの示したくれた僕の生きる道

 

【僕の目指す先】

50記事書いてわかった。僕がブログを書く理由。理想の環境を作りたいんだ。